平清盛 第21回「保元の乱」

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間違いなく前半の最大のイベントである保元の乱が始まりました。今まで歴史の勉強をしていた学生の頃まで保元の乱について、あまり詳しく知らないまま来てしまったことが残念でもあり、逆に様々なことが新しい発見となることが嬉しいことから、どんな感じだったのだろうと興味津々で始まりました。前回くらいから話の内容がしっかりとしてきていて、保元の乱自体もしっかりと描いてくれるだろうという期待が高まります。

今回の戦は平氏と源氏にとって一族を二分するかのような状況の中で、それぞれがどのように思いながら戦っていくのかということでした。大きな話題になったのが、源義朝と為義の親子、平清盛と忠正のおじの関係、正清と通清の親子といった3組。保元の乱自体はほとんどこの3組の状況について繰り返していくことで展開していきます。

なので、保元の乱全体について語られることはあまり多くなく、個別のそれぞれの戦状況に終始してしまったような気がします。ここは語りである頼朝役がしっかりとサポートしなければならないところではありますが、実際には役者の力の方が大きかったということなのでしょう。

先ほどの3組の戦が開始され、それぞれの思いが映し出されます。結果的には、それぞれが戦いながらも決着をすることはありませんでした。直接命を奪っていたらもう少し今後の心模様にも変化があったのだと思いますが、勝敗が決まったあとに、また一緒にやろうという流れになるだろうなと思ってしまいます。これが次回への伏線となっていくのですが、ここではまだわかりません。

頼長と信西という参謀の戦いでもあったこの戦、同じ兵法でも解釈の仕方によってこんなにも変わってくるんだなと感じます。夜討ちを恥ずべき行為とするか、勝利のために最善の道を選択するのか、非常に難しい問題です。礼儀や威厳を保つ上で恥ずかしい行為をすることがNGだと考えがちなのですが、信西たちが決定した夜討ちという手法によって、結果的に勝利を得るためにいかに戦うかということが今後の戦の中で根本的な考え方になっていったのではないでしょうか。そういう意味で、非常に重要な戦であったと思います。

次回は、敗北者になった崇徳上皇側の処遇についてになります。負けた方は基本的に何でも受け入れなければならない状況なので、苦しい場面になると思いますが、静かに見守りたいと思います。

◆清盛紀行◆
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