今日よりも明日が ほんの少しだけ 楽しくなりますように



梅雨の季節に欠かすことのできない花といえば誰もがあじさいを思い浮かべると思います。

そんなあじさいが有名で通称あじさい寺と呼ばれる川崎市多摩区長尾にある天台宗妙楽寺に、奥さんの提案で家族で出かけることにします。

登戸駅から出発するあじさい寺行きのコミュニティーバスに乗ること10分ちょっと。

あじさい寺

到着して驚いたのが斜面一面に広がるあじさいでした。

あじさい

自分はあじさいには詳しくないのですが、今回初めてあじさいには様々な種類があることがわかりました。

あじさい

あじさい


これまでは花の色の種類を楽しむものだと思っていたのですが、花の形などもそれぞれ特色のあるものが咲き誇っています。

あじさい

あじさい

このような発見が出来て最高の一日になりました。

縦長あじさい

子供達は初めのうちははしゃいでいましたが、段々飽きてきて走り回っていました。

風景や花の観賞を子供に長時間させるのは難しいようです ^^;






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関連タグ : あじさい寺, 妙楽寺, 多摩区, 長尾,

時代の流れのなかで主流ではなくなってしまった長州のなかで高杉や小田村もほんの少し前までの重役から大きく後退することになります。高杉はおなじみの野山獄に、小田村は長崎に左遷させられてしまうのですが、今回はこの2人の心の持ちようには大きな差が出たように感じます。高杉は野山獄のなかで寅次郎と同じ獄に入れられながらも半分腐りかけてしまうのですが、小田村は違いました。

長崎で商人を相手に苦労しながらも常に藩のことを考え、どんな場所にいようとも自分が今すべき事を全力でするのだと断言します。この辺りの考え方は現代にも通用する話であり自分も忘れないようにしないといけないと感じました。ただ高杉も歴史上に名を残す人物だけにここで終わるわけがありません。次回以降どのように復活していくのか楽しみにしたいとおもいます。

久坂家では、久々の平穏な時間が過ぎていました。養子に来た久米次郎もはじめは寿のそばを離れたくなく、「いとまをいただきます」という置き手紙をして家出までしてしまう始末。そこで話しかけた男性、今の時代なら変質者の疑いもあるだけにドキドキしましたが、それが久坂でした。どうも妙な演出をしたものだと思ってしまいますが、家族が出会うということを示したかったのでしょう。

しかし、それも池田屋事件によって崩されてしまうことになります。京への出発の前の夜のシーンは実に10分程度にわたって文と久坂の将来の夢物語を語り合うというものでしたが、完全にこれは成し遂げられないというフラグであることは見ている者すべてが分かってしまう程でした。きっとこの辺りで涙をさそっていたのかもしれませんが、久坂もいろいろあった人なので複雑だと感じてしまった人もいるのではないでしょうか。

次回は、いよいよ久坂にとっては最後の戦いが始まる模様です。主役級が亡くなっても物語として持ちこたえることができるかどうか見て行きたいと思います。

◆花燃ゆ紀行◆
京都府京都市
 - 池田屋騒動之址碑





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