今日よりも明日が ほんの少しだけ 楽しくなりますように



初めから体協には重苦しい雰囲気が漂っていました。治五郎もなかなか言い出せないでいましたが、やっとの思いで伝えたのはベルリンオリンピックの中止。そして無期限オリンピック延期。次の大会に出ることができる確約もないまま、四三はやり場のない悔しさから毎日をボーッと過ごすことになります。

それに対して奮起を促したのは四三を思う仲間たち、そしてスヤでした。彼らは必死に四三を盛り上げ次第に気分が晴れていく四三はスヤの四三が50人いたらいいのにという言葉から、駅伝を思いつきます。多くの人の支えの中で史上初の京都から東京までの東海道五三次を駅伝で繋ぐという大会を企画運営することに成功します。

実際がスヤの一言であったかどうかはわかりませんが、読売新聞も協力することになり大会の規模は大きくなっていきます。このゴールから四三は何を感じ取り、後世に何を残したかったのか、そんな詳しい部分は次回になると思いますが、個人競技であった走るという競技を日本人の力でチームスポーツにかえることができた功績はもの凄く大きいなと改めて感じました。






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熊本に戻った四三が遭遇したのは、突然のスヤさんとのお見合い。金栗家を様々な面で支えてきた池部幾江から、スヤを手元に置いておきたいために未亡人となったスヤと結婚して婿養子にするというものでした。

ところが四三としては4年後のベルリンオリンピックに出場してなんとしてでも今回の汚名を晴らさないといけないという強い意志をもっていたために、池部家にはいることはとても受け入れられるものでありませんでした。

結果として学校を卒業するまではうやむやにして憧れのスヤさんと結婚することになります。初めからこのふたりは完全にフラグが立っていたのでこうなることは見ている全ての人が予想できたことでしょう。

これから四三をどのように支えていくのか楽しみですね。




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