今日よりも明日が ほんの少しだけ 楽しくなりますように



残すところあと2回となった今回のお話は、再び会津の皆様の登場により盛り上がりを見せます。まず覚馬のもとにやって来たのは山川健次郎でした。浩が尚之助が記した会津戦記をなんとかして仕上げなくてはならないということで、京都での出来事を覚馬から色々と聞こうと思ってやって来たのですが、実際には覚馬が薩長の人々の肩を持つような発言をしたことによって、激しく罵ります。

この時の覚馬は本当に正論で、戦というものはどちらか一方だけが正しいのではなく、敵も味方もそれぞれ自分たちは正しいことをしているという思いがあり、幸せな未来を作るために頑張っている多面性があるということを示しています。しかし、後に覚馬はそれでも戦争が始まってしまいそうな状況に自分が学問を通して戦をなくすという思いが無駄になったのかと嘆くのでした。

この覚馬の思いは、本当に現代においても言えることで、人々が学び賢くなることによって戦争をなくすことができているかというと必ずしもそうではありません。エゴイズムやイデオロギーが渦巻く中で、人々の心の奥底には、戦への思いが眠っているのかもしれません。それを知によって自制する力が、今の時代にも求められているのではないでしょうか。そんなことを考えさせられる場面となりました。

覚馬の最期は、新島襄よりもあっさりしていたのがなんだか残念でなりません。最後の方はなんとなく早足になって物語が進んでいるように見えるのですが、この辺りこそ八重が生き抜いた時代の結末なのですから、もう少し時間を割いても良かったのではないかと思います。

さて、次回は最終回。日清戦争に赤十字のメンバーとして看護に当たることになる八重。そして、今回容保が出した会津が逆賊ではないことを示す孝明天皇の書の行方、など最後の最後でどのように結末を迎えるのか、楽しみにしたいと思います。

◆八重の桜紀行◆
京都府京都市
 - 山本覚馬之墓





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前回にフラグが立ったように、今回は最愛の伴侶である新島襄の最期となりました。静養先の大磯で病床にある襄の元にいたのは、教え子である徳富猪一郎と小崎弘道でした。教え子からここまでも慕われている様子を見ると、いかに新島襄が偉大な人物であったかを改めて感じさせます。

ちなみに、この小崎弘道ですが、2代目の同志社総長になるという人物。新島襄の思いをかたちに変えつつ、より大きくしていった人物がこのように近くで先生の最期に立ち会うことができたは、幸運だったのかもしれません。

そして、最期の時がやってきます。襄の枕元にいるのは八重。聖書の一節を小崎弘道に読んでもらい、最期の言葉は「グッバイ、また、会いましょう」でした。こうやって最愛の伴侶に言葉を残す事ができるのもまた、幸せなことなんでしょう。残されたひとにとっては、とても辛く悲しいのですが、本人は満足であったに違いありません。

襄の死後、何もする気になれなかった八重ですが、覚馬の叱咤激励で立ち直り、日本赤十字社の篤志看護婦の仕事をするために、捨松のところへ向かいます。この辺り、八重という人物は、尚之助、襄、覚馬という偉大なる人物に助けられながら、その時代に求められる道を切り開いてきたのだと感じます。

残りもあと2回となりました。次回はその支えとなった最後の人物である覚馬もこの世を去ることになりそうです。そのとき、八重はどのように残りの人生を生き抜いていくのか楽しみです。

◆八重の桜紀行◆
神奈川県大磯町
 - 新島襄先生終焉之地碑
 
京都府京都市
 - 新島襄之墓





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