今日よりも明日が ほんの少しだけ 楽しくなりますように



心なしか、八重たちが京にやってきたことによって、中央政界と八重たちの動向に開きがなくなってきてシンクロするような感じになって来た気がします。それは八重自身が西郷や政治の有力者と直接話をする機会が増えてきているからなのかもしれません。

山本家の中では、佐久とみね、そして八重の3人が京都の覚馬の家に住むようになったのですが、予想通り一番最後まで時栄を避けていたのがみねでした。母親であるうらのことを忘れられない彼女はいつもしょんぼりしていましたが、覚馬は全く笑いもせずに厳しく接します。自分の思いをはき出すことができたみねも、ようやく時栄に心を開くようになった時に、この家のことは時栄に任せることができる状態になったのです。

それと時を同じくして八重も薩摩や長州の人々に対して敵対心をもっていて、そんな人たちと親しげに話をする覚馬に怒りを覚えていたのですが、覚馬もまた必死に戦っていること、会津の心を取り戻すためには学問をもってこの国を京から変えていくことが必要だと八重に訴えます。会津への思いをまだまだ強く持っている八重に対しての説得はやや、風が吹けば桶屋がもうかる的な遠い因果関係のようにも思えましたが、バイタリティーの高い八重はそれを受け入れ、自分も力を尽くしていこうと決意することになります。

今後夫になる新島襄もアメリカで表舞台に出てきていて、暗い過去からの決別、そして明るい未来が見えてきたような気がします。次回はそのくらい過去をともに背負う尚之助との再会があるようですが、どのような場面になるのか、そして八重はどう思うか楽しみにしたいと思います。

◆八重の桜紀行◆
京都府京都市
- 薩摩藩邸跡





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冒頭から本題にはいります。それは尚之助からの離縁状でした。八重も言うように何らかの理由があったにせよ、それを知らされなければ協力したり、よく思えるはずがありません。時代の真ん中にいる人はその時々でのベストな選択をしようと努力します。その決断がずっと後になって間違っていたとしても、すくなくともその時には最良の判断なのです。八重はこの離縁状に対して明確に離縁するとは今回はなっていませんが、遅かれ早かれそのような決断をすることになるでしょう。

そしてもう一つの離縁状、それはうらから覚馬へあてられたものでした。覚馬が京都で生きていることをしった山本家は一瞬大喜びしますが、迎えに来てくれない覚馬に対して女の勘がはたらき、うらは京に後妻がいることを見抜きます。色々と悩んだ結果、後妻と揉める状況を子供に見せたくないという理由から、自分は京へはゆかず子供のみねだけを連れて行って欲しいと願い出ます。

みねにとって、母と別れることはこれ以上ない悲しみだったと思いますが、彼女について色々と調べてみると、結果的にこの時の判断が正しかったのではないかと思えるような人生を歩んでいます。みねにとってそれが幸せだったのかどうかは、さすがに本人でないとわかりませんが。

もう一つ、離縁話があったのが二葉と梶原平馬でした。斗南藩が廃藩置県の影響でなくなることになり、浩も東京に向かうことになるのですが、そこで平馬は二葉も連れて行って欲しいと願い出ます。結論は明確に出ていないように見えますが、これも時間の問題でしょう。

これらの離縁は仕方ない事情によるもので、誰かが誰かのことを思いやる気持ちから生じたものです。しかし、いずれにせよ人の心に深い傷跡ができるのは同じこと。これからどのように彼らが再度前を向いて生きていくのかしっかりと確認したいと思います。

◆八重の桜紀行◆
青森県むつ市
 - 円通寺





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